「味わう舞台」という舞台  林英世

「味わう舞台」という舞台  林英世

「ひとり語り」は、俳優が小説を読むだけです。言葉が俳優の声と出会えば、それはもう演劇だ! なんて大きなことを目指しているのですが、公演自体は、私一人が立つ広さがあって、文字が読める明るさがあれば、たいていの場所でできるコンパクトな演劇です。作品も古典から現代文学、時代小説からサスペンスと様々に選べますので、まちなかへ飛び出すにはぴったりで、なんと「味わう舞台」五回全部に出演させていただきました。

お寿司屋さん、創作中華料理のお店、お茶屋さん、酒蔵レストラン、20人から30人程度の小さな客席です。その分、密度は高くて、演者も観客も逃げ場がない。初めての方には少々過酷な環境です。しかも「ひとり語り」って、朗読? ひとり芝居? 見るの? 聞くの? と、戸惑うお客様もいるだろう。そんな方にもいい時間を過ごしてもらいたい。お店の方には「こういうのもええやん」と思ってもらいたい。おもしろくて、いい話で、長すぎない作品を選ぶのに苦労しました。しかし、おかげ様で「ひとり語り」のレパートリーには新たな彩りが加わりました。

いちばん印象深いのは、松本清張『遠くからの声』でしょうか。夜の回だったと思います、空間、観客、小説の呼吸がぴったりと合って、作品世界がグングン広がっていきました。小さな空間だからこそ生まれる奇跡のような時間。ライブの醍醐味。お客様も、演者も一度きりの豊かさを味わいました。

きっと、他の演者さんたちもそんな時間が持てたはず。素敵な経験をさせてくれた「“味わう舞台”という舞台」があったことに感謝します。

林英世(はやし・ひでよ)

俳優・俳優指導者。同志社大学卒業。俳優として舞台、テレビ、ラジオなどに出演するほか、演劇講師として俳優指導にもたずさわる。2001年から始めた「ひとり語り」は、声と言葉が映像のように世界を立ち上げると好評を得てライフワークとなる。大阪芸術大学舞台芸術学科客員教授。林英世ひとり語り塾主宰。