「からだのちから~アイホールダンスコレクションに寄せて」 志賀玲子

「からだのちから~アイホールダンスコレクションに寄せて」 志賀玲子

     大野一雄『ラ・アルヘンチーナ頌』(撮影・池上直哉)

 一九九〇年一月、大野一雄さんの幻の名作『ラ・アルへンチーナ頌』で、<アイホールダンスコレクション>は始まりました。その仕込みの時のことです。スタッフはそれぞれの作業をすすめています。舞台上ではピアノとあわせる部分だけやってみようと、大野さんの手がゆっくりと動きはじめました。両手をあげて天を仰ぐような姿勢にいたり、胸は大きく呼吸で波うっています。気がつくと場内はしんと静まり返り、誰もが作業をやめて舞台上の大野さんをじっとみつめているのです。何フレーズかして動きが中断されると、作業はまた再開されました。わたしはある静かな感動のなかにいました。あとで一人のスタッフに「さっきはすごかったですね」というと、あの瞬間のことだと言わないのに「あれはいったい何だったのでしょうね」と答えが返ってきて、<それ>を共有したことがわかりました。その時のことをもう少し言いますと、照明は素明かり、衣装もメイクもなく、動きも音楽もシンプルなものでした。その時そこにあったのは、大野さんの存在から紡ぎだされた“何か”とアイホールの空間だけでした。しかし<それ>は起こったのです。この経験は、それ以前にもいくつかのダンスを通して漠然と抱いていたものを決定的なものとし、それ以降のダンスコレクションの方向性をしめすものとなりました。ダンスに限らずパフォーミング・アーツの魅力は、ひとがひとのまえに存在し、何かが起き、どこかへ到る、再現不可能なかけがえのない時間を共有することだと思います。ダンス作品を構成するさまざまな要素の中でダンサーの存在に焦点をしぼり、あえてスペクタクル性の高いものをさけ、存在ひとつで空間と対峙するソロダンスを中心に企画を組んできました。そして92年の『CONDITIONS』。ダンサーは、8m四方の素舞台で60分間、音を使わずにソロで踊り、観客はこれを四方から囲んで観るという企画へとつながります。

数年前、ダンスの仕事をしたいと考え始めた頃、日本のダンスの状況は決してよくない、掘り起こせば宝物が埋まっているという可能性も低いのではないかと言われたことがありました。現状はその通りでも、ダンスそのものの魅力と可能性まで否定することはできないのではないでしょうか。幸いなことにこの数年来、様々な動きがダンスにも起きています。その中で、公立であるアイホールの担うべき役割はかなり重要なものになってきていると考えます。

なぜ、ダンスなのか。ダンス企画を続けるにあたって、最も基本となることを確認するために今までの4年間はあったのかもしれません。ダンスを流行りのものとして消費するのではなく、人の心の深いところにまっすぐにとどく表現として位置づけるために、あえて不器用な遠回りをしたようにも思いますが、ここからやっと始めることができるのではないでしょうか。

<ダンスコレクション>とシリーズを命名した時、真珠をひとつずつコレクションしていくようなイメージがありました。今、真珠には養殖場が必要だと考えています。ダンスへの理解と共感を深めるため、また新しい才能がここから育っていくために、公演以外にも、ワークショップや過去現在のダンスについての講義、情報の整備と提供などまだまだやれていないことがたくさんあるように思います。長い目でどうぞお力添えくださいますよう、心からお願いいたします。

※アイホール5周年記念誌『出逢いの劇場』(1994年3月31日発行)より転載

志賀玲子(しが・れいこ)

1990~2007年度アイホールプロデューサー。滋賀県立びわ湖ホール「夏のフェスティバル」、京都造形芸術大学舞台芸術センタープロデューサー、(一社)地域創造「公共ホール現代ダンス活性化事業」コーディネイター、大阪大学コミュニケーション・デザインセンター特任教授を経て、2021年度より豊岡市立城崎国際アートセンター館長。