「劇場と、その地元」 ごまのはえ

「劇場と、その地元」 ごまのはえ

平成27年度から29年度にかけて、「アイホールがつくる『伊丹の物語』プロジェクト」に、劇作家・演出家として参加した。これは伊丹の生活の記録・記憶から演劇作品をつくるプロジェクトで、初年度は伊丹で撮影された写真を募集し、その写真にまつわるエピソードを集めた。少し溜まったところで、市内各所で写真展を開催し、懐かしい写真に見入る方々に、また思い出話を聴かせてもらう。何度かこれを繰り返し、たくさんのお話と写真、そして地元の協力者を集めることができた。「171号線を象が歩いた話」「商店を営む女性の話」「震災の朝、カメラを片手に歩き回った話」などはこの頃集まった話。どれも伊丹らしい、ささやかで愛おしい生活を感じる話ばかりだった。

二年目はこれらの話を基に、短編戯曲を執筆、それを上演した。この上演が、すごく、たいへんだった。一年目に協力して下さった方々は、普段小劇場のお芝居を見慣れていない方ばかり。そういった方々を想定して、チラシをつくったり、開演時間を決めたり、開演中の入退場のルールを決めたりと、いろいろな試行錯誤をした。小劇場文化がつくってきた常識を再考するキッカケになった。

三年目は短編群をさらにミックス、純化させて、長編作品をつくりあげた。作品名は『さよなら家族』。いろんなエピソードが、時代とともに過ぎ去ってゆくことをイメージしてつけた名前だが、地元の皆さんと一緒につくりあげる公演としては、ちょっと寂し過ぎるタイトルだったかもしれない。

 思えば初年度の準備中、劇場担当者と「地元の方と酒は飲まない」と決めたことが、事業の性格をよく表していると思う。地元に溶け込み、住民の本音を聞き出すにはお酒が必要との意見もあったが、夜に酒でなく、昼にお茶を飲みながら話を聴いたことで、女性の話がよく集まった気がする。このことが三年目の長編作品にも大きく影響した。また私のなかで日本酒の話はしないことも決めていた。伊丹と言えば日本酒が有名だが、それを取り上げることで、作品が観光の手伝いをしてしまいそうで、嫌だったのだ。外に伊丹をアピールするのではなく、伊丹の方々が見て楽しい伊丹の物語をつくる気持ちで取り組んだ。

 この事業の源は、平成23年から始まったアイホールが主催する「アウトリーチにおけるワークショップ研究会」の中で、地域(地元)でどのように演劇を展開させるかをテーマに、私が所属するチームが提出した案が基になっている。そして本事業で創作した『さよなら家族』は、加筆のうえ『さらば、象』と改題し、私が代表をつとめる劇団の本公演として、令和7年1月にアイホールで上演した。

ごまのはえ

劇作家/演出家。 1999 年「ニットキャップシアター」 を設立。2004 年『愛のテール』で OMS 戯曲賞大賞、2005 年に自身の故郷・大阪府枚方市を題材にした『ヒラカタ・ノート』で OMS 戯曲賞特別賞を受賞。2022 年サハリン(樺太)の 100 年の歴史を描いた『チェーホフも鳥の名前』で希望の大地の戯曲賞「北海道戯曲賞」大賞受賞。