2026年3月閉館
AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)
アーカイブサイト
「伊丹想流劇塾を味わった」サリngROCK

伊丹想流劇塾という事業に9年間、師範という立場で携わらせていただきました。
伊丹想流劇塾、略して「劇塾(げきじゅく)」は戯曲(演劇の台本)講座です。
劇塾は、だいたい6月から翌年の1月ぐらいまで、約8ヶ月間、1ヶ月に2回のペースで講座があります。
2回に1回、新しいお題が出され、次の講座までに5分の戯曲を書いて提出します。
その次の講座で、師範から添削を受けて、次の講座までに改稿します。
次の講座でまた新しいお題が出されて、新作を書いて提出します。
次の講座でまた添削を受けて、次の講座までに改稿します。
卒塾するまで、8ヶ月間のほとんどが締切に追われる生活になります。大変です。
でも「書けませんでした」で提出しなかった人は、ほとんどいません。もう無理矢理にでも一作書いて、提出します。これが、とにかく、いいんです。とにかく書き切る、書き終わらせることが何よりも大事ですから。その体験が何度もできるんです。でもほんとに大変です。
そんな塾に通う人たちと向き合う師範をやらせていただきました。9年も。
師範に任命していただいた1年目や2年目は、「作品を書いてきた塾生」と、「その作品をもっと良くしようとする私(「良く」って基準も色々あって、もうめちゃややこしいのですが、そんな師範である私)」の、「二者をつなぐ一本の線の関係」を濃く意識していました。せっかく書いてきたものが、もっと伝わるように、もっと輪郭がはっきりするように、私がしなきゃいけない、そのためにみんなここに来てるんだ、と思って、とにかく塾生たち(の作品)に挑んでいました。だけど9年経った今、その「塾生と師範、という一本の線の関係」の意識はすごく薄れました。
戯曲を書くことはそれだけで作者自身のためだけの豊かな営みです。だからとにかく自分の言葉を書いた、その自分だけの「点」だけでもすごく尊いのです。
そしてもちろん私や岩崎さん(塾頭)から、いろいろ言われる「線の関係」の体験もいいと思います。
でもさらに、劇塾には同期の仲間がいます。仲間にセリフを声に出して読んでもらえたり、仲間から感想をもらったり。共感してもらう嬉しさ、時には悔しさを味わったり。一人で家にこもって書いてるだけじゃできない、更なる豊かさを得ていく塾生たちの姿を、私は見ました。劇塾には、たくさんの線の関係があったのです。塾生たちは、ロの字になって講座を受けます。そのロの中に私も岩崎さんもいます。お互いをつなぐたくさんの線は「面」を作っていました。

講座の締めくくりには卒塾公演をおこないます。
お題に沿った10分の戯曲を書いて、それらを塾生たちだけで声に出して発表する「読み合わせ会」です。
多くの人の前で大きな声を出すことに慣れていない作家もいます。大変です。でも自分の大切に改稿した戯曲が、まったく見ず知らずの人の目に、耳に届く。これがすごく素晴らしい体験なんです。戯曲がただの読み物ではなく、演劇の台本として使われる喜び。頑張ってきた8ヶ月のご褒美のような。

塾生たちが、いろいろな体験にわたわた、わくわくしながら、日々の課題や卒塾公演の準備と本番を過ごす姿を、数年にわたって見て、私も、戯曲を書くこと、演劇をすることについて、いろいろ考えました。劇塾は、私にとって視野を広げる機会をもらえた場所でした。
そして、人生を豊かにするかどうかは自分次第だなと思いました。
珍しい場所に飛び込んでみるかどうか。やってみたいと思ったことに挑戦してみるかどうか。見知らぬ場所は怖いけれど、決断するのは自分次第。やめときゃよかった〜ってこともあるかもしれない。でもそれも豊かだったと思うかどうかも自分次第。だから、一つ一つの体験をちゃんと珍しがって味わって、豊かさに気づける自分でありたい。
そんなことを、今年の卒塾公演で、改めて思いました。


サリngROCK(さりんぐ・ろっく)
劇作家・演出家・俳優。2002年、劇団「突劇金魚」を旗揚げ。第15回OMS戯曲賞大賞、第9回AAF戯曲賞優秀賞を受賞。第57回・第62回岸田國士戯曲賞の最終候補に選出。第78回毎日映画コンクール新人女優賞、おおさかシネマフェスティバル新人女優賞を受賞。2017年から、伊丹想流劇塾の師範を務める。東大阪市生まれ。ミスドが好き。


