「地域とつくる舞台」シリーズについて 小倉由佳子

「地域とつくる舞台」シリーズについて 小倉由佳子

 私がAI・HALLのディレクターを務めたのは、2008年4月から2014年3月までの6年間でした。その間、継続して取り組んだ企画の一つが「地域とつくる舞台」シリーズです。プロデューサー/ディレクター職を引き継いだ当時の私は、これまで積み重ねられてきた実績を大切に受け継ぎながらも、何か一つ新しい軸を打ち出したいと考えていました。AI・HALLの可能性をどこまで広げられるのかを試してみたい——そんな思いが強かった、まさに駆け出しのディレクターでした。

 2000年代後半は、現代美術の分野で国内各地に芸術祭が広がり、地域との関係性を通して創作する実践が活発に行われていました。舞台芸術においても、相馬千秋さんがディレクションを担った「フェスティバル/トーキョー」によって、国内外の多様な手法が紹介され、大きな刺激を受けていました。完成形だけでなく、リサーチやプロセスそのものも表現となり得る——そうした考え方が徐々に広がっていた時期です。また、「ドラマトゥルク」という概念が日本の現場に浸透し始めていたのもこの頃でした。作品を構造的に捉え、社会や地域との接点を編み直していく存在への関心が高まりつつあり、その動きは私にとって大きな示唆となりました。1988年に伊丹の“広告塔”として若い世代を呼び込む劇場としてスタートしたAI・HALLも、20年を経て、その役割を問い直す時期に差しかかっていました。そこで浮かび上がってきたのが、「地域とどのように関わるのか」「地域の人たちにどれだけ足を運んでもらえるのか」という課題でした。こうした背景の中で、「舞台芸術においても、もっと多様な作り方やプロセスがあっていいのではないか」という問いと、「地域の人にもっとAI・HALLに来て、関わってもらいたい」という願いから立ち上げたのが、「地域とつくる舞台」シリーズでした。完成された作品を提示するだけでなく、地域の人や場所、記憶や歴史と出会いながら舞台を立ち上げていく。その過程そのものが、劇場と地域との関係を編み直す営みになるのではないか——そんな仮説からの出発でした。

 シリーズ初年度からの二年間は、2008年度のリサーチとクリエイションを経て、2009年7月にAI・HALLで初演された『DRAMATHOLOGY(ドラマソロジー)』へと結実しました。本作は、昭和15年頃までに生まれた“エルダー世代”(70歳以上)の伊丹市民を対象に参加者を募り、映画と舞台を横断的に活動する演出家・相模友士郎さんとともに創作された作品です。「あなたのお話を聞かせてください」と大きく書いたチラシを作成し、参加者を募りました。すると私たちの予想をはるかに超える応募があり、主に若者が多かったAI・HALLに、70代、80代、90代の方々が続々と集まってくださった日のことは、今も鮮明に覚えています。その中から実際に舞台に立つことを希望された7名の参加者と、20代の俳優1名、そして演出家。半年以上にわたる対話を重ね、それぞれの人生から「DRAMA/劇」を集め、「ANTHOLOGY/選集」として構成していくという試みでした。語られる出来事の内容に目が向きがちですが、相模さんが見つめていたのは、その内容以上に、語ろうとする“いま”の身体でした。語る身体に宿る時間、そこに立ち現れる個人史の重なり。その瞬間をすくい取ろうとする創作でした。本作は好評を得て、2010年の「フェスティバル/トーキョー」に招聘されました。伊丹から東京へ。スタートから東京公演までの三年間、そしてその後も、参加者の皆さんとの間にはさまざまな出来事がありました。ご自身の体験を自費出版された方もいました。また、「この舞台の台本を自分の棺桶に入れたい」とおっしゃっていた方の葬儀に参列した際、実際にその台本が棺の中に納められていました。

 シリーズはその後もかたちを変えながら続きました。2010年度は、砂連尾理さんと塚原悠也(contact Gonzo)さんによる『SAALEKASHI』。身体を通して地域と出会い直す試みであり、子どもから大人まで多くの人が関わる時間となりました。2011年度は、イギリスのアーティスト・ユニット「Subject to_change」による『home sweet home(ホーム・スイート・ホーム)』。〈楽しい我が家と街づくり参加型プロジェクト〉として、来場者とともに「家」や「街」の意味を考える場をひらきました。

 2012年度からは劇場を飛び出し、「いたみ・まちなか劇場」へと展開します。山内健司さんによる『舌切り雀』を幼稚園で上演し、岡田利規さん作の紙芝居を街なかで披露し、きたまりさんの“相撲ダンス”を神社の土俵で行い、宮北裕美さんのダンスを元酒蔵で上演する——。劇場という器を離れ、街そのものを舞台とする試みでした。2013年度には、ナデガタ・インスタント・パーティによる参加型プロジェクト《CHAIN REACTION TOUR》、となりのジャズ喫茶での野村誠さんの演奏、きたまりさんと淡水の工芸センターでの《コンナトコロデダンス》など、より具体的な場所や人との関係に踏み込みながら、地域の特性を活かした企画を重ねていきました。これらの取組みは、その後、市内の飲食店でのリーディングやダンス公演を回遊する『味わう舞台』へとつながっていったと聞いています。

 振り返ると、毎年、地域との関係の結び方を手探りで模索していました。劇場に人を呼ぶだけでなく、劇場が街へ出ていく。作品を届けるだけでなく、土地の記憶や人の営みとともに創る。そして、創作のプロセスにさまざまなかたちで参加してもらう。むしろ、うまくいったことよりも、迷いながら進んだ時間のほうが多かったのかもしれません。それでも、その時々に出会った人たちとの対話や、その場所でしか立ち上がらない瞬間が、確かにありました。こうした試行錯誤の積み重ねこそが、「地域とつくる舞台」シリーズの本質だったのだと思います。劇場とは建物ではなく、関係の集積なのだと、いま改めて感じています。

小倉由佳子(おぐら・ゆかこ)

2000年よりアルバイトとしてアイホールに勤務。2001年より職員となり、志賀玲子プロデューサーのもと、主にダンスプログラムを担当。フリーランスの舞台制作者を経て、2008年~2013年度アイホールディレクターとして、同劇場の主にダンスプログラムの公演、ワークショップを企画制作。現在、ロームシアター京都プログラム・ディレクター。