2026年3月閉館
AI・HALL(伊丹市立演劇ホール)
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「逆風も、順風も」 隅地茉歩
ロリーナ・ニクラスによる振付家のための構成力養成講座


まだ⾼校の国語教師をしつつ踊っていた当時、勤めていた学校を思い切って休んで参加した。それなりの覚悟で臨んだつもりであったが、撃沈。初⽇は帰りの⾞中で涙が⽌まらず、最終⽇は逆に感謝が⽌まらず、数⽇間の出来事とは思えない濃密な体験であった。前バニョレ国際振付家賞ディレクターのロリーナ・ニクラスさんによる「振付家のための構成⼒養成講座」第⼀回。2001 年のことである。5組の作家が 30分以内の作品を初⽇に上演し、講師のロリーナや通訳である映画評論家の⽅などから様々な意⾒をいただく。そして⼆⽇⽬からの絵画分析を中⼼とする講座を受けたのち、リメイクした同作品を最終⽇である四⽇⽬に再度上演するという流れ。20 年以上の年⽉を経た今でも、鮮やかに蘇ることが幾つもある。
初⽇上演の翌⽇、各参加者が⾃分の気になる絵画を持ちより、それについてコメントをする機会があった。古ぼけた編み上げの靴⼀⾜のみが床に置かれている絵と、⾷卓を囲む家族のうち、小さな少⼥だけ後ろ姿で表情が⾒えない絵の 2 枚を選んだ。この 2 枚に潜む共通点はと尋ねられて⾔葉に詰まる私に、ロリーナは「あなたが創作上掘り下げるべき重要なテーマが潜んでいる」と指摘。その瞬間、幼い頃からどこにいても感じていた「不在感」のようなものにふと思い当たった。誰にも打ち明けて来なかったことだった。

このような重たい気づきを受け取りながら講座は続き、作品のリメイクに向けて焦りも芽⽣える中、⽀えになってくれたのは、照明と⾳響を担当してくださったスタッフの⽅々のサポートだった。「思いついたことは試そう、何度でもやり直そう」。当事者よりも諦めないその姿勢、舞台芸術への深い敬意と、迷いを抱える作家たちへの応援の温かさに後押しされ、どの参加者もそれぞれに⾒落としていたことを拾い上げ、⼤胆にも繊細にも修正を加えて、作品が⾒応えを増して⾏ったと記憶している。
⽉単位で⾏うような作業に数⽇内で取り組むタフネスが求められたのは事実だが、初⽇の落胆はどこへやら、もはや作品を再⽣させることへの渇望だけがこんこんと湧き続けた。前年度に別名で開催された講座を⼀観客として⾒学した際、会場で聞いた「ダンス作品はダンスの論理で紡がれていく必要がある。他の表現媒体の持つ起承転結ではなく」というロリーナの⾔葉も羅針盤となった。その重みは実は今も変わらない。振り付ける対象者がさまざまに彩りを増しても、作品を発表するシチュエーションが刻々と変化しても、である。これはおそらく、この講座を体験された他の受講者の⽅々とも少なからず共有できる感覚だと思う。順⾵逆⾵ともに航海を豊かなものにすることを疑わず創作の海へ漕ぎ出だすこと、そこには⾃他ともに祝福できる、振付家としての幸せがあることを⾝をもって知ることのできた忘れがたい講座であった。
このような画期的な企画を実現してくださった当時のプロデューサー志賀玲⼦さんにも、打ち合わせも含めホールを丸5⽇間開けて、この企画に惜しみなくエネルギーを注いでくださった AI・HALLの皆さんに対しても、未だ感謝が⽌まらない所以である。


隅地茉歩(すみじ・まほ)
振付家・ダンサー。セレノグラフィカ代表。97年阿比留修一とカンパニー結成後、デュエット作品を基軸に様々な解釈を誘発する不思議で愉快な作品を多数発表。公演・WS・ORなど、ダンスと旺盛に関わり続ける。TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD2005 にて「次代を担う振付家賞(グランプリ)」受賞。京都精華大学非常勤講師。


