「淡々と、のなかの恍惚」 キタモトマサヤ

「淡々と、のなかの恍惚」 キタモトマサヤ

現代演劇レトロスペクティヴ 遊劇体『縄文人にあいういう』作/仁王門大五郎 演出/キタモトマサヤ

 いきなり自分のことですみません。昨年、演出者協会関西ブロックの総会で自己紹介をさせられたとき、咄嗟に、淡々とエンゲキを創っております、とだけ声にしました。その、淡々とエンゲキを、という、自身の年月に、愛おしさを感じる今日このごろです。今年、満70歳の誕生日を迎えます。50年も芝居をつづけていることになるのですが、とりたててエポックメイキングな出来事もなく、緩やかな流れにたゆたい、静かに50年という節目を通り過ごすことになります。

流れの道筋で分水嶺となったのは、小堀純さんの発案による、大阪市立芸術創造館のプロデュース事業〈クラシック・ルネサンス〉です。自作戯曲を上演するばかりの劇作家兼演出家に、日本の近代戯曲に挑ませるというこの企画。自身の書いた台詞ではなく、先達の戯曲を現代演劇として再構築するそのオモシロさに参ってしまった私は、さらにシェイクスピアやギリシア劇まで読み漁る始末。自分の書いた芝居の無味乾燥さに呆れかえり、8年間も新作戯曲なるものを書けなかった、というより書く気がおきなかった。プロフィールから〈劇作家〉という文字も外しました。それをきっかけにして、遊劇体による〈泉鏡花オリジナル戯曲全作品上演〉に、これまた挑みつづけることになるわけです。

〈クラシック・ルネサンス〉が唐突に終了して何年が経過したでしょうか。アイホールで〈現代演劇レトロスペクティヴ〉なる企画が始まるぞというウワサが耳に聞こえるようになりました。寺山さんや唐さん、北村想さんや渡辺えり子さんまで、戦後に登場した劇作家の戯曲に焦点を当て、これまた自作戯曲の上演ばかりの演出家(例外の方もモチロンいらっしゃいました)に挑ませるという2匹目のどじょう、ではない。戦前までの〈クラシック〉に、戦後の〈現代演劇〉を補完して、わが国における100年の西洋演劇の歴史を、まさに俯瞰するという、ふたつの劇場を時間差でまたいでの、長期に及ぶプロジェクトが、その正体だったのです。

〈現代演劇レトロスペクティヴ〉の怖ろしいところは、まだ、当の劇作家さんがご存命、どころか、現役バリバリであることが多い、ということ。これは想像するだけでもイヤなことです。自身が影響を受けた劇作家さんの作品を選べるということを耳にしていた私は、きっと私にも依頼がくると予感しておりましたので、藤本義一さんで満を持して待ち構えておりました。

館長の山口さんから電話をいただきました。その内容は、背筋が凍るものでした。私は満開座という劇団の劣等生でした。世話になり学ばせていただきながら、早々に退団した、いわば裏切者です。そんな畏れ多いこと、と受話器を握る手も震えながら、気持ちが高揚するのを感じました。私が誰の影響を強く受けたかというと、それはまさに師匠(仁王門大五郎)なのですから。満開座の名作の再演。この手があったか。義一さんも吹き飛びました。

無事に初日を終えるまでの日々は、私のみならず、遊劇体のみんなにとっても緊張の途切れることのない険しい道のりでした。納得がゆかなかったら遊劇体は解散する、私は責任をとって演劇の世界から退く、と劇団の会議で宣言していたのでした。

キタモトマサヤ

演出家・遊劇体主宰。1956年、大阪府南部の生まれ。満開座を経て、遊劇体結成に参加。たまに戯曲を書く、ごくたまに出演もする。